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2007年2月18日 (日)

ウルトラマンメビウス 孤独の門 編

久々に書くのがウルトラマンってのも良いものだ。

昨日のメビウス、基本的には「エース編 北斗と南」ではあるが、私的には、長谷川圭一氏による、ネクサス逆襲編に思えた。
逆襲という言葉は行き過ぎならば、総決算編。

いわゆる主人公の心に挑戦する敵。そこで見せられるものは、己の心に生まれてしまう「護るべきものへの疑い」
ネクサスでは姫矢や孤門
(今、漢字変換して気付いたぞ。コモンって孤独の門なのね。その門をくぐって人は、どう進むのか、ってことなのか。んで更に姫矢は身分高き女の矢面…なのか?)
が、その「自分自身への疑い」に苛まれるのだが、今回のメビウスは、人間ではない神にちかき存在が、愚かで愛すべき人間によって、仲間によって蘇るという…

あとはもうエースが出て南が出て、お祭り騒ぎさ!よかったねぇ。いやはや本当に。

今回の作品を見て、嬉しくなった。
それはネクサスの、あの因果ともいえる作風があったからこそ、あそこで、あの域までいったからこそ、今回、メビウスで、本質をしっかり掴むことができたこと。
そしてそれをネクサスであれほど魔に取り憑かれたような描写を続けた長谷川圭一氏自身の手で、きちんと描けたということ。

更に、付け足しで(他の方は、ココこそがメインディッシュだろうが)北斗の最終回のセリフ、それを受けた形で南が描かれたこと。

実は昨日、シェークスピアのコリオレイナスの舞台を見てきたのだが、ローマを舞台にしたこの演劇も、影の主役は、我が儘ともいえる民衆の移り気の早さでる。
しかし、それだけを取り出し、憎悪させず、生けるものの強かさ、という形で、あのパパラッチ君が成長してくれたら、と願うばかり。

次回は、郷秀樹を迎えてのマット解散!一般住民と隊員間との軋轢を描くようで。
 こういった形で、過去の作風を現代と重ね合わせて、しかもただの回顧ではない商品に仕立てていくメビウスは、本当の意味で「ウルトラマン生誕40周年記念作品」の名に相応しいと思える。

いや、ライダーがどーだったとか、それはまた別の話だけどね^^;

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